「今日も飲み会か……」と憂鬱になる自分に、「社会人としてどうなの」と蓋をしていませんか。僕も、酒癖の悪い人や説教癖のある人との飲み会が本当に苦手でした。

行けば疲れて帰り道が長く感じ、断れば感じが悪いと思われないか気になる。

結局そのループで消耗する日々を、ある時期から抜け出しています。全部断ったわけでも、全部我慢して参加し続けたわけでもありません。「行く場」と「距離を置く場」を自分で決める、それだけです。

この記事で学べること
  • 「行きたくない」と感じる自分を責めなくていい理由が分かる
  • 全部断る・全部参加、その両極端で消耗しない基準の作り方が分かる
  • 角を立てずに飲み会を断る、具体的な言い方が分かる

飲み会に誘われるたびモヤモヤする、その正体

飲み会の誘いを受けた瞬間、頭の中で「行きたくない」と「行かないと」がせめぎ合う。この2つの気持ちの間で毎回消耗しているとしたら、まずその正体を分解してみましょう。

あなたが弱いから断れないのではなく、ある思い込みが邪魔をしているだけです。

断ったら評価が下がるかもという不安の正体

「飲み会を断ったら、協調性がない人だと思われるかもしれない」。この不安は、実際に何か言われた経験からではなく、「言われるかもしれない」という想像だけで膨らんでいることがほとんどです。

想像上の評価を下げないために、実際の時間とエネルギーを差し出し続けているとしたら、割に合っているでしょうか。

「社会人なら当然」という刷り込みがどこから来たか

「飲み会は仕事の延長」「付き合いも仕事のうち」という言葉を、僕たちは新人のころから何度も聞かされてきました。

この考え方自体が悪いわけではありませんが、すべての飲み会に無条件で当てはめると、自分の時間の主導権を丸ごと差し出すことになります。仕事のうちだと感じる場と、そうでない場を分けて考える視点が抜け落ちているだけなのです。

会社員でも独立していても、この刷り込みの構造そのものは同じで、肩書きが変わったからといって自動的に消えるものではありません。

「協調性がない」という評価は、実際に飲み会を断った人に一律で下されるわけではありません。むしろ、断り方や普段の関係性のほうが評価に効いています。

説教癖・酒癖の悪い人との飲み会が、僕もつらかった話

ここからは僕自身の話です。酒癖の悪い人や説教癖のある人との飲み会は、正直ずっと苦手でした。これは会社員だったころも、独立してからも変わらず感じてきたことです。

立場や環境が変わっても、この種の飲み会が持つ「消耗させる構造」自体は変わらないのだと思います。

立場が変わっても、しんどさの種類は同じだった

会社員のころは上下関係の中で、独立してからも形を変えて同じような息苦しさに出会いました。相手の機嫌に合わせて相槌を打ち続け、本音を飲み込む時間が積み重なる感覚です。

立場や肩書きが変わっても、「自分の時間を差し出している感覚」そのものは同じだと気づいたのは、しばらく経ってからでした。

それでも「行かなきゃ」と思い続けていた理由

にもかかわらず、しばらくは「行かなきゃ」という気持ちを手放せませんでした。理由は単純で、断ったあとに何が起きるかが分からなかったからです。

人間関係が悪くなるかもしれない、機会を失うかもしれない——起きるかどうか分からないリスクを避けるために、確実に消耗する時間を選び続けていたわけです。

まさ

断ったら気まずくなりそうで、結局いつも行っちゃうんだよな……

のぶ

僕もそうだった。でも全部行くか全部断るかの二択じゃなくていいんだよ

全部断る・全部参加、その両極端が消耗する理由

「もう二度と飲み会には行かない」と決めるか、「誘われたら全部行く」と決めるか。実はこの両極端のどちらを選んでも、しんどさは形を変えて残ります。

全部断ると失うもの、全部参加すると失うもの

全部断ると、必要な情報や関係性まで一緒に手放してしまうことがあります。逆に全部参加すると、消耗する時間の総量は変わらず、ただ我慢の期間が延びるだけです。どちらも「自分で選んでいない」という点で共通しています。

一律のルールに従っているだけで、目の前の場を見て判断していないのです。「もう二度と行かない」と決めた瞬間は気持ちが軽くなりますが、その裏で必要な関係性まで一緒に切り捨てていないか、あとから見返すことも大切です。

「行く場」と「距離を置く場」を分けるという発想

そこで有効なのが、飲み会を一括りにせず、1件ずつ「行く場」か「距離を置く場」かを判断する発想です。全部か0かではなく、場ごとに線を引く。これだけで、消耗する飲み会の数を確実に減らせます。

飲み会は「行くか断るか」の二択問題ではなく、「この場は自分にとってどちらか」を1件ずつ判断する問題です。

自分の「行く・断る」基準を作る3つの軸

線引きをするには、判断の軸が必要です。感覚だけで決めようとすると、その場の空気に押し流されてしまうので、あらかじめ3つの軸を持っておきましょう。

誰と行くか(1対1か、大人数か、苦手な相手が主役か)

苦手な相手が中心になる場か、気の合う数人だけの場かで、消耗の度合いはまったく違います。「誰がいるか」を最初の判断材料にするだけで、行く価値のある場が見えやすくなります。

何のための場か(仕事の延長か、ただの憂さ晴らしか)

仕事に必要な情報や関係性が得られる場なのか、それとも単なる愚痴の吐き出し会なのか。目的がはっきりしない場ほど、行っても得るものが少なく、消耗だけが残ります。

翌日の自分にどう響くか(疲労・後悔の有無で判断する)

判断に迷ったときは、「翌朝の自分がどう感じるか」を想像してみてください。行った翌日にぐったりして後悔する場は、次からは距離を置く場として記録しておく。

これを繰り返すだけで、自分専用の判断基準が育っていきます。

判断の軸行く場のサイン距離を置く場のサイン
誰と気の合う少人数苦手な相手が主役
何のため必要な情報・関係性がある愚痴・説教が中心
翌日どうか疲れが軽いぐったりして後悔する

角を立てずに断る、僕が意識している言い方

基準ができても、実際に断る場面では言葉に詰まるものです。ここでは角を立てずに断るための考え方を紹介します。

即答で断らず「持ち帰る」ことで角を立てない

その場で即座に断ると、拒絶された印象を与えやすくなります。「予定を確認してから返事します」と一度持ち帰るだけで、相手も自分も冷静に受け止められる余地が生まれます。

理由を詳しく説明しない。曖昧な理由で十分な理由

断る理由を細かく説明しようとするほど、言い訳がましく聞こえたり、嘘がばれる不安が増えたりします。「その日はちょっと都合が悪くて」程度の曖昧さで十分です。理由の詳細さと、断ることへの正当性は関係ありません。

断る理由を凝りすぎると、かえって不自然になって次の追及を招きます。シンプルな一言で区切るほうが角が立ちません。

説教が始まったときの、その場でできる対処

線引きをしていても、避けきれずに説教モードの飲み会に居合わせることはあります。そのときの、その場でできる対処も持っておきましょう。

相槌の力を抜いて聞き役に徹する

説教は反論すると長引きやすい構造を持っています。深く反応せず、相槌の熱量を落として聞き役に徹するだけで、話の勢いが自然に落ち着いていくことがあります。

反論せず相槌を軽くするだけで、相手が勝手に話を切り上げることも少なくありません。

区切りの良いところで席を立つ・帰るタイミングの作り方

話の区切りが来たタイミングで「そろそろ」と席を立つ準備をしておくと、無理に話を遮る形にならずに済みます。

事前に「今日は何時まで」と自分の中で決めておくと、その場の空気に流されにくくなります。

帰る時刻を先に決めておくというだけの工夫ですが、その場に居続けるかどうかの主導権を自分の手に戻す効果は思っている以上に大きいものです。

40代から本当に守るべきなのは、時間とエネルギー

飲み会の付き合いに時間を使うこと自体が悪いわけではありません。問題は、それが自分の意思ではなく、断れないという理由だけで積み重なっていくことです。

我慢して参加した飲み会の翌日に何も残らない現実

我慢して参加した飲み会は、翌日に疲労以外の何も残さないことがほとんどです。

会社に人生を預けたまま、こうした時間の使い方を積み重ねるほど、自分のために使えるはずだった時間とエネルギーは静かに削られていきます。

距離を置いた分だけ、自分のための時間が増えた実感

行く場と距離を置く場を自分で決めるようになってから、消耗する飲み会の数は確実に減りました。浮いた時間とエネルギーは、会社の外にも自分の足場を作るための時間にそのまま回せます。

人間関係の線引きは、我慢比べをやめるための工夫であると同時に、これからの自分の時間を取り戻すための工夫でもあるのです。

飲み会を「全部断る」か「全部我慢する」かで考えるのをやめるだけで、消耗する時間は確実に減らせます

まとめと次の一歩

飲み会を「全部断る」か「全部我慢する」かの二択で考えなくていい。行く場と距離を置く場を自分で決めるだけで、消耗は減らせます。

この「線引き」という考え方をさらに広げて、飲み会以外の人間関係にも応用したい人は、こちらの記事もどうぞ。

飲み会での線引きの考え方は、職場や家庭の人間関係にもそのまま応用できます。
「いい人」を演じ続けて疲れている人は、こちらの無料noteも参考にしてみてください。
40代の人間関係疲労に!やりたくないことリスト20でいい人を卒業