正月休み、久しぶりにゆっくり過ごせた数日間。そのあとブログの更新を再開しようとして、手が止まった経験はないだろうか。僕自身、去年の正月がまさにそうだった。「連休明けだし、少しくらいペースを落としてもいいか」——そう思った1日が、気づけば7日になっていた。

副業として発信を始めた人なら、一度は同じ壁にぶつかったことがあるはずだ。連休、忙しさ、あるいは「他にやるべきことがある」というもっともらしい理由。継続を止めるきっかけは、いつも小さくて、正当に見える。

この記事では、僕が発信を止めた実体験と、意志の力に頼らず続けるために作った仕組み、そしてその仕組みにも落とし穴があったという話を書く。

この記事で学べること
  • 発信が止まる「最初の1日」に、実際は何が起きているかが分かる
  • 「もっともらしい理由」がなぜ継続を壊す最強の言い訳になるのかが分かる
  • 意志の力に頼らず続ける仕組みの作り方と、その仕組みが逆効果になる条件が分かる

正月休み、7日間止まった僕の発信

正月休みは、副業をしている人にとって特別な期間だ。普段の生活リズムが崩れ、「今日くらいはいいか」が言い訳として一番通りやすい時期でもある。僕もその罠にきれいにハマった。

「連休明けだし、少しくらい休んでもいいか」という最初の1日

正月休みの最終日、僕はこう思っていた。「明日から再開すればいい」。実際、それ自体は間違っていない。休むこと自体は悪いことではないし、無理に連休中も更新し続ける必要もない。問題はそのあとだった。

まさ

連休明けって、なんかエンジンかかんないんだよな

のぶ

分かる。僕もまさにそれで7日止まった

連休明け、久しぶりに画面を開いたとき、何から書けばいいか分からなくなっていた。それでも「明日でいいか」を繰り返すうちに、数日後にはSNSで他の発信者の投稿を見るたびに焦りだけが募るようになっていた。

この「たった1日」が7日になるまでの構造

継続が止まるとき、多くの場合きっかけは「1日休む」という小さな決断だけだ。そこから「今さら再開しても」というブレーキがかかり、休んだ日数が増えるほど再開が心理的に重くなっていく。

これは意志が弱いから起きることではない。「休んでいい」と「休み続けていい」の境目が、自分の中で曖昧になっているだけだ。

本業探しを理由に、更新はさらに止まった

正月休みが明けたあと、僕はもうひとつのことをしていた。本業を見つけようと、面接に行っていたのだ。

「やるべきこと」を理由に、発信を後回しにし続けた

面接に行くこと自体は、生活のために必要な行動だ。しかし、それを理由にして発信をさらに後回しにするようになっていった。「今日は面接があるから」「準備で忙しいから」——どれも嘘ではない。ただ、実際にはその日のうち、発信のための時間が完全にゼロだったわけではない。

「やるべきこと」があるのは事実でも、それが「今日は何もできなかった」の正当な理由になっているとは限らない。忙しさを言い訳にする前に、実際にゼロだったのか、ただ後回しにしただけなのかを分けて考える必要がある。

怠けているつもりはないのに、継続が止まる矛盾

ここが一番厄介なところだ。僕は怠けているつもりはまったくなかった。むしろ「本業を探す」という真面目な行動をしていたはずなのに、結果として発信は止まったままだった。

ひかり

真面目にやってるのに続かないって、余計にモヤモヤしそう

のぶ

そう、怠けてる自覚がないぶん、原因が分からなくて長引くんだよね

継続を壊すのは「怠け」ではなく「もっともらしい理由」

正月休みの7日間より、実はこの「本業探しを理由にした後回し」のほうが厄介だった。理由が正当に見えるほど、自分を責める理由も見つからず、かといって手が動くわけでもない、という状態が続くからだ。

「意志が弱いから続かない」という自己責任論は的外れ

継続できないとき、多くの人は「自分の意志が弱いせいだ」と考える。しかし、正当な理由(連休・本業探し・忙しさ)ほど、後回しを正当化しやすく、継続を壊しやすいという構造がある以上、これは意志の問題ではない。

継続を壊す2つのパターン
  • 分かりやすい理由(連休・体調不良):休んでいい期間が終わっても、惰性でそのまま止まり続ける
  • もっともらしい理由(他の予定・仕事探し):自分を責める理由が見つからないぶん、原因に気づくのが遅れる

意志力に頼る行動には、そもそも限界がある

一日の終わりにクタクタで帰宅したあと、気合いや根性で「よし、発信をしよう」と行動を起こそうとするのは、実は無理のある話だ。

私たちの脳は、特定のきっかけに対して無意識に行動が紐づく仕組みに設定しておくことで、エネルギーをほとんど使わずに動き出せる。逆に言えば、「今日はやる気があるか」を毎回自分に問う形は、続けば続くほど消耗する。

「意志」ではなく「仕組み」で止める発想

ここまでの話を踏まえると、必要なのは強い意志ではなく、意志を問わずに動ける仕組みだった。

If-Thenプランニングという考え方

これは「If-Thenプランニング」(きっかけと行動をあらかじめセットで決めておく心理学の手法)と呼ばれる考え方だ。

「〇〇したら、△△する」という形であらかじめ行動を決めておく方法で、たとえば「帰宅して靴を脱いだら、そのままPCの前に座ってタイマーを15分セットする」というように、きっかけと行動をセットにしておくと、毎回「今日はやる気があるか」を判断する必要がなくなる。

僕が実際に作った仕組み:朝、ToDoを決めて必ずやり切る

僕はこの考え方を使って、朝のうちにその日のToDoを決め、それを必ずやり切るという仕組みを作った。「やる気があるかどうか」ではなく「今日決めたことを消化するかどうか」に判断基準を変えたわけだ。

仕組みにした瞬間、毎回「今日はやる気があるか」を自分に問う必要がなくなった。継続を「気持ち」の問題から「手続き」の問題に変えられたのが大きかった。

仕組み化にも落とし穴がある。ToDoを増やしすぎた僕の失敗

ここまでの話だと、「仕組みさえ作れば解決する」ように聞こえるかもしれない。しかし僕自身、この仕組みで別の失敗をしている。

ToDoを丁寧に、たくさん作ったつもりだった

継続への意欲が高かった分、僕は毎朝のToDoを細かく、たくさん作るようになっていった。「これも」「あれも」と、やったほうがいいことを次々に足していった。

ToDoが多いほど、「消化しなければ」という義務感が強まった

ところが、ToDoの数が多いほど、それを消化しなければならないという義務感が強くなり、かえって継続そのものの負担になっていった。仕組みを作ったはずが、いつの間にか「やらされている」感覚に変わっていたのだ。

みさき

仕組みを作ったのに、また苦しくなるってどういうこと?

のぶ

ToDoの「数」が、そのまま義務感の「重さ」になってたんだと思う

「仕組みさえ作れば続く」わけではないという教訓

この経験から分かったのは、仕組みを作ること自体は正しくても、その仕組みの中身(ToDoの数・粒度)を間違えると、意志力に頼っていたときとは別の形で継続が苦しくなるということだった。仕組みは「作って終わり」ではなく、続けながら整えていくものだった。

発信を止めないための、ToDoの決め方

ここからは、僕が実際に見直した後のToDoの決め方を書く。

ToDoは「多く作る」のではなく「1日1〜3個、確実にやり切れる数」に絞る

たくさん決めて義務感に押しつぶされるより、少数を確実に終わらせるほうが、翌日も続けやすい。1日のToDoは1〜3個までに絞り、それ以上は「明日でもいい」と割り切る。

「今日やること」を1回だけ決め、途中で足さない

前の晩か朝いちばんに、その日やることを1回だけ決める。作業の途中で「これもやっておこう」と足さない。足すたびに、その日のゴールが遠くなり、達成感が薄れていく。

ToDoを決めるタイミングを1日1回に固定するだけで、「今、何をすべきか」を何度も考え直す手間がなくなる。決める回数を減らすことも、意志力を節約する仕組みの一部になる。

義務感で消化するToDoと、続けたいから消化するToDoの違いを見分ける

ToDoを見直すときは、「これは本当に今日やる必要があるか」「これをやらないと自分を責めてしまわないか」を一度自分に問うといい。義務感で埋めたToDoは、たいてい翌日以降の負担として残る。

まとめと次の一歩

継続を止めるのは、あなたの意志が弱いからではない。仕組みが無かっただけだ。そして仕組みさえあれば安心、というわけでもない。仕組みの中身は、続けながら整えていくものだ。

発信を止めないための3つのポイント
  • 「もっともらしい理由」ほど後回しの言い訳になりやすいと知っておく
  • 意志ではなく、きっかけと行動をセットにした仕組みで動く
  • 仕組みのToDoは多く作らず、確実にやり切れる数に絞る

「まだ何も始めていない」なら、続けるかどうかを心配する前に、まず1つ小さく試すところから始めるのがいい。僕自身、会社にいるうちに何も試さないまま独立し、失敗してから初めて動き出した。あの怖い思いをする前に、会社にいるうちに小さく1つ試しておけばよかった、というのが今の実感だ。

その最初の1歩を、noteに詳しく書いた。